代表者プロフィール

こんにちは!家族で安くて綺麗な中古車に安心して乗りたいけど「そんな車ないよね」とあきらめかけている方に、安心と信頼を提供する「中古ミニバン専門店」の野瀬貴士です。
幼少の頃からわたしは、心の底では自信がないため、なんの努力はしないのに大口たたく人間になってしまいました。
そんなわたしが、ある“キッカケ”から地道に努力をして自分を【信じる】ことができるようになったのです。

なぜ、わたしが【信じる】を使命と掲げているのか、その理由(わけ)を聴いていただけますか?

「あなたはやればできるんだから」

わたしの父は、仕事よりも趣味が好きで、大好きな写真で写真館を作り商売をしていました。
写真のほかにも、釣り、キャンプ、車好きで、家族でいろんなところに出かけてはたくさんの写真を撮ってくれました。

わたしは、父の車好きの影響で、小さい時はミニカーやラジコンカーに夢中でした。
凝り性で好きなことは徹底的にやる性格は、父親譲りなのです。

一方、母は、小さい時から、わたしのことを、「あなたは、頭がいいし、やればできるんだから」と口ぐせのように言っていました。そして、母は本気でわたしのことを信じていたのです。
そのせいか、小学校のころは、なんの努力もしないのに、なんでもでき、周りからスーパーマンのように思われて、わたしはいささか有頂天になっていました。

中学校に入った途端、熱中するものがない、やる気もない、なにもできないまま、その他大勢の中に埋没した日々を送っていました。その頃、ちょうどF1ブームが到来し、テレビにかぶりつきでレースを観ていました。
スリルと スピードで、観ている自分も熱くなり、「将来、F1レーサーになりたい」と本気で思いました。

友達2人も同じようにF1に夢中になり、それぞれ両親に「カートを買って」と頼みこむことにしました。
最初は、だめだ、一点張りの両親も、しつこく頼むわたしの熱意に押され、「県立高校に行くなら買ってもいい」と言ってくれました。

「オレには無理だ」

高校は念願の県立高校に合格し、友達3人とも中古のカートを買うことができました。

ところが、カートをやるには、練習場費、運搬費、維持費などお金が莫大にかかり、バイトをして稼いでも全然足りません。友達2人は、数回乗っただけで辞めてしまいました。
わたしは、細々と続けていましたが、仲間がいない、中古車のため速くない、お金がないという理由で、やめようか考え始めていました。

そんな時、高校の先輩が、地元のサーキットシリーズでチャンピオンになったのです。
その先輩とお会いすると、徹夜してバイトをしながらカートを続けていました。
その先輩は「高校を卒業したら、進学せずにプロのレーサーになる」と言いました。

そして、わたしに「野瀬はどうする?」と聞いてきたので、わたしは、「先輩のようにはできません」と答えました。

すると先輩は、「野瀬。情熱なんだよ。情熱があれば、なんでもできるんだよ」と熱く語りかけてきました。

わたしは、もうそれ以上なにも言えず、心の中で、「オレには無理だ」という声がこだましていたのです。

特に大学に進学したかったわけではなかったのですが、両親の「とにかく大学に行ってくれ」という言葉に押されて、とりあえず大学に進学しました。それと同時にカートは辞めました。
すると夢も消え、やることがなく、ダラダラとした日々を1年以上過ごしていました。

これ以上染まったらダメになると思っていたころ、高校の先輩は、レースの世界で、F1の手前のF3まで行って活躍していることを知りました。「なんで自分はリスクを取らなかったのか」という後悔と、自堕落な日々を過ごしている自分を見て、情けなくなりました。

大学の2年になった時、アルバイトをしてお金を貯めて、アマチュアより少しレベルの上の車の草レースに参加することにしました。
「オレもできるんだ!勝ちたい!」という一心で。

ところが、草レースは、車の性能が大きく影響するため、アルバイト程度で稼いだお金では、性能のいい車は買えません。勝ちたい気持ちはあれど、結果は出ない、車の性能は悪い、お金はない、という中、「こんな環境じゃ続けても意味がない」という気持ちになり、卒業後、結局草レースも辞めてしまいました。

「人の役に立ちたい。
無性に仕事をしたくなった」

卒業にあたって、両親から「これからどうするんだ?」と聞かれました。
わたしは、もう一度ゼロから自分を築きたい一心で、
「自分の人生は自分で決めるから、ほっといてくれ」と投げやりのように言いました。

心の中では、目的もなく、どこに向かっていいのかわからない自分となにもできない自分への苛立ちがあったのです。その頃、知り合いには口ぐせのように「オレはお前たちみたいなバカとは違う。社長になるから」と強がりばかり言っていました。

まともな就職活動もせず、両親から「うちの店で働かないか」という誘いもぬるま湯だと思い断りました。結局なにも決められないまま、就職浪人の道を選択したのです。

やることはない、目的もないまま、自宅にいてもご近所の目も気になり、24歳のときに、とりあえず就職することにしました。自宅の近くのスーパーマーケットです。半年ほどたったとき、同じ歳の上司と仕事の態度のことで口論になって、カッとなり、「こんな不条理な会社辞めてやる」と、勢いで会社を飛び出して、そのまま会社を辞めてしまいました。

それから数ケ月間、自宅でひたすら引きこもっていました。「もう就職は無理だ。また同じことをする」。そういう絶望感だけがおそってきました。

自宅で引きこもって3ケ月ほどたったとき、自分が「世の中にまったく役立っていないじゃないか」という想いにさいなまれました。

すると、無性に仕事がしたくなったのです。
「オレだって、人の役に立ちたい」という想いが湧き上がってきたのでした。

そこで、自然に、「自分はなにが好きなのか?」と自問していました。
その答えが、車でした。ミニカーやラジコンカーに熱中し、F1レーサーを夢見るまで夢中になったのは、車でした。

次に、「自分はなにがやりたい?」と自問すると、サラリーマンは到底無理なので、会社を作りたいという想いが出てきました。

そこでいろいろ調べた結果、元手が少なくてもできる仕事に、中古車の売買を仲介する仕事のフランチャイズが見つかりました。早速、父親に、「ぜひやりたいのでお金を貸してくれ」と相談しました。

ところが、父が言ったのは、
「お前にできるわけないだろう。力がついたら出してやる」と。

わたしは、カチンときて、悔しくて、いつか見返してやろう、と思いました。ところが、ふと自分を振り返ると、なんの結果も出したことがないことに気が付いたのです。そして、大口をたたく割には、なんの結果も出していない“情けない”自分をまざまざと見せつけられました。

すると、将来会社を作って独立するにはなにをすればいいのか、が逆算してイメージができたのです。30歳で独立するには、まず車関係の会社に入って修行をする。
自分の好きな車のことなら、苦手な会社務めにも耐えられる、イメージがくっきり出来ました。

「任せてもらった以上信頼を裏切りたくない」

24歳の冬に、大手中古自動車販売会社に就職することができました。
独立するという目標ができただけではなく、単純に仕事ができるということが、喜びでした。
どうやったら売れるか?自分で考えて行動する。

結果、半年で営業の中でトップ3位に入るまでの成績を収めました。
お客さんからも喜んでいただき、上司からも評価されるということを肌で感じることで、より仕事が楽しくなっていたのです。

ところが、そんな成績好調のある時、お客さんからの一言がとてもショックでした。
今までは、いざという時には値引きすることで仕事を受注してきましたので、普段通り値引きの話をしました。

その話を聞いたお客さんから言われた一言。
「買う買わないは、値引きするしないじゃないから」

その一言にそれ以上なにも言えませんでした。この一言をキカッケに、今までの営業スタイルに限界を感じ、値段ではなく、お客さんに安心と信頼を得られるような接客をするように変えました。

すると値引きの話を一切しないのに、お客さんから任されているという感じが強くなったのです。任された以上、信頼を裏切りたくないという責任も出て、より信頼されるという好循環になりました。

独立するためには、メーカー系ディーラーの仕事も勉強したいと思っていました。
27歳のとき、あるメーカー系ディーラーから「うちに来ないか?」というお話をいただきました。そこのお店は、既存のお客さんを大切にしていましたが、新規開拓が弱かったのです。
そこで、わたしは、新規集客のための店の展示や販売を任されました。

入社して3ケ月で会社のトップの成績を収め、こういう店づくりをすれば売れるという手応えを感じました。そんな中で、わたしには悩みがひとつありました。

小さなお子さんのいるファミリー層のお客さんから、「中古車でいいから安いミニバンが欲しいのですけど」というご要望を多数いただきました。

そのことを会社に提案すると、10年以上たった、走行距離も走っている中古車はリスクも高いし、故障した場合、会社の看板にキズが付くという理由で売らせてもらえませんでした。

現実には、格安ミニバンを扱う中古車店は、内外装の仕上げや整備を手抜きして、程度の悪い車を安く売るという現状がありました。

そのため、そういうお客さんには、「残念ですが、うちでは扱っておりません」と言って諦めていただきました。

その言葉を聞いて落胆した表情のお客さんを見て、独立するときは、誰もやりたがらないことを丁寧にやることをモットーに、中古のミニバンを、いい品質かつリーズナブルな価格で提供し、接客はディーラー並みの対応をするお店を作ると決心したのです。

わたし野瀬貴士の使命

ちょうど30歳のときに当初の目標通り、独立しました。

独立に当たって、24歳からコツコツ貯金をして800万円を貯めました。ところが、開業資金には700万円足りませんでした。そこで、父親に「独立するので700万円足りないので貸してくれないか?」と相談しました。

すると、父は「わかった。ただし、1年たってダメだったらもうこれ以上借金するな」とだけ言って、数日後現金700万円を渡してくれました。

実は、その前に母から、「うちにはそんなお金ないから、お父さんがどっかからお金を工面してくれているみたいよ」と教えてもらいました。

わたしのこれまでを父が認めてくれたことが、とてもうれしく感じ、絶対成功するぞという意気込みがわいてきました。

わたしの仕事へのこだわりは、「急がば回れ」です。小さい頃から小手先でこなして、努力しないと結果が出ないことを痛いほど体験してきたからです。

中古車だからこそ、トコトン綺麗にクリーニングする。
特に、見えない所を手抜きせず、地道に綺麗にする努力を怠らない。
中古車だからこそ、細かいところまで徹底的に整備する。
その地道な努力がお客さんからの信頼に必ずつながると信じていました。

もうひとつは、小さい頃から母から何回も言われていたこと。ウソをつかないことです。
お客さんには、その車のメリットとデメリットを正直にご説明する。お客さんにとって中古車を買うことはリスクがあり、その車のことをよく知ってもらい安心して購入してもらいたいからです。

そういう想いで、自分で車を仕入れ、自分で磨き、自分でクリーニングした車を自分の店に初めて展示しました。

一番最初に買っていただいたお客さんのことは、今でも思い出す度に武者震いします。

「こんなに安いのに、とても綺麗な車に出会えてうれしいです。野瀬さんはなんでもお話していただいたので、安心して買うことができました」

この言葉を聞いたとき、自分がやることに間違いはない、という自信を得ました。

このような体験から、わたしは自分の使命を、【信じる】、自分を信じ切る、としました。

自分を信じて、地味でもいいから丁寧に努力する。
そのことがお客さんからの信頼につながると信じ切る。

現在わたしは、お客さんとの接客は社員に任せています。その社員に、自信と誇りを持って仕事をして欲しいと思っています。

「10万km走った車なのに全然トラブルがないですね」とか
「とても中古車とは思えないくらい綺麗ですね」という言葉を、社員がお客さんから言われているのを見ると、自分がお客さんから言われた以上にうれしい気持ちになります。

最後に、わたしからお客さんへのメッセージです。
小さなお子さんを持ち、家族で車を使うためにミニバンを欲しいと考えているけれども、予算の都合で、安い車を購入したいと思っている方。

「トラブルの少ない、安心して乗れる、綺麗で安い中古車なんてないだろうな」
と諦めないでください。

諦めないで、情熱を持ってさがせば、必ず、お客さんの求める車と車を提供する会社に出会えます。

そのような方のために、わたしは、「野瀬さんに出会えてよかった」と言われることを信じて、これからも日々地道な努力をしてまいります。

野瀬貴士

「なぜわたしがこの仕事をしているのか?」社員の【使命の物語】をお聴きいただけますか?